2017年5月20日土曜日

第177回 「アラフィフ」

気がついたら・・・アラフィフ。

皆さんはアラサー、アラフォーは聞いたことがあるでしょうが、アラフィフはまだ認知度が薄いでしょうか。アラフィフの次は何と言うのか知っていますか?

「アラカン」って言うらしいですよ。60歳が還暦だからみたいです。
私も気がついたらアラフィフになっていました。まだアラカンではないですよ。

このごろ、季節の変わり目の衣替えが憂鬱です。
去年の服を取り出して着ても、しっくりこない。ウエストが?それとも姿勢?いわゆる太目に?昔見た自分の母にそっくりになってきたようです。

先日、新しく礼服を買いました。ウエストに余裕を持って選んでいる自分が悲しいです。

以前、診察室で医師が患者さんに説明する際、

「体重を減しなさい。毎日、カレンダーに体重を書きなさい。ご主人にも見える所に書いて協力してもらいなさい。」

と、言われていたのを聞いたことがあります。

その時私は、自分に置き換えて考えて、

「主人に体重を教えるなんて無理だ!無理!無理!」

と、思ったことがありました。一応、アラフィフにも乙女心があります。

「それでも看護師か!」と、言われてしまいそうですが…。

今後、ダイエットと言わず健康維持を目標にするアラフィフでしょうか。やりたいことを口に出して言わなければ希望に終わってしまうので、どんどん言っていこうと思います。主人にも子供にも、そして自分にも。こんな所で宣言したら結果が恐ろしいですが。

世の中アラフィフの綺麗な芸能人は大勢いますね。小泉今日子さん、今井美樹さん、真矢ミキさん、山口智子さん、まだまだたくさん。

「無理!無理!」

との声が聞こえてきます。自分でも分かっています。
では、結果が報告出来る日まで皆様もお元気で。


終わりは、美しい薔薇の写真を。






手術室師長 小川

2017年5月18日木曜日

第176回 「うさぎ島」

はじめまして、脳神経外科専攻医のスタート地点として4月から当院で勤務させていただいている今田です。

私は栃木県の宇都宮市出身で、大学は岐阜大学、初期研修は静岡県の聖隷三方原病院というところで研修しており、全国を転々としています。親の実家が島根県ということもあり、広島県には今までに何度も旅行したことがあります。その中に三原市にある大久野島といううさぎ島があります。うさぎ好きの私にとっては、今までの人生で行った日本の観光地の中でも屈指の場所なので、紹介します。

当院からは車で1時間ほどに三原市忠海港があり、そこからフェリーで15分ほどのところに大久野島があります。歩いて1時間ほどで一周できる小さな島で、島中にうさぎがいます。島を歩いているととにかくたくさんのうさぎが寄ってきて、とても幸せな気分になれます。

説明をだらたらと続けていても百聞は一見に如かずなので、まずは足を運んでみてください!休日は激混みなので、平日休みがあれば平日に行くことをお勧めします。島のことでなにか気になることがあれば今田まで!



脳神経外科 今田

2017年4月30日日曜日

第175回 「備北丘陵公園」

もうすぐゴールデンウィークですね。

約8年前からほぼ毎年、ゴールデンウィークは備北丘陵公園へ姪っ子2人を連れて、簡易テントとお弁当を持って遊びに行きます。

庄原市にあり、全国で11番目、中国地方では初の国営公園です。

とても敷地が広く、園内には大型複合遊具や林間アスレチックがある「大芝生広場」、空想冒険遊具やグラウンドゴルフ・スポーツ広場・ディスクゴルフのある「つどいの里」、カヌー、サイクリングコース、花の広場など一日楽しく遊ぶことができます。

ゴールデンウィークにはいつも遊びに来てくれる姪っ子たちをどこかに連れて行ってあげたいと思い、家から近くて小さい子どもでも楽しめる場所という事で行ったのが初めて行った時のきっかけでした。それからというもの「どこ行きたい?」と聞くと、毎年「備北丘陵公園」と返事が返ってきます。

行き始めた当初は姪っ子もまだ小さかったので、一緒に遊具で遊んだり迷子にならないように一緒に付いてまわり、目が離せない状態でした。しかし今はもう2人とも小学生になったので、自分たちだけで遊具で遊び、時間が経つとテントに戻ってきます。

毎年、大芝生広場でしか遊ばないのですが、昨年は初めて林間アスレチックへも行きました。たくさん遊具がある中に長~い滑り台があり、一緒に滑ったのですが、思った以上にスピードが速く子どもたちよりも大人の方がはしゃぎ楽しんでました。

思いっきり遊んだ後は、約1.5ヘクタールが花々で埋めつくされる色鮮やかは花の広場の花を楽しんで帰ります。

ゴールデンウィーク期間中は、多くの人で賑わいます。自然の中で、色々見て・遊べる場所があるので小さい子どもから大人まで楽しめておすすめです。

みなさんもぜひ一度遊びに行ってみてください。

医療福祉相談室 奥中

2017年4月27日木曜日

第174回 「あと少しで完成!!」

私にはもうすぐ5歳になる姪っ子がいます。

おばである私のことを、“おねえちゃん♡”と呼んでくれ、可愛くて仕方がなく、癒しの存在です。

家に遊びに来たときは、おままごとをしたり、歌を歌ったり、公園のブランコや滑り台で遊んだり、録りだめておいたディズニーやジプリの映画を何回も観たりと一緒に楽しんでいます。

次は姪っ子と何で遊ぼう…と考えたところ。。。



これは文字と数字が覚えられる『布カード』です。
表が絵、裏が文字・数字になっています。
私は裁縫が苦手なので、ほぼ母親が作ってくれましたが、ついにあと少し(あいうえお表を布で作って、カードをマジックテープで貼れるようにしたら)で完成しそうです。

仕掛けもあって、布をめくると…

これで遊んで、早く文字を覚えてもらい、手紙のやりとりをしたいと思っています。


薬剤科 藤井

第173回 「自分へのご褒美」

井戸端情報、初の投稿となります。
原稿提出が遅くなり公開がズレてしまったこと、大変申し訳ございませんでした。

ひとつ、なんでもいい話しで・・・
実は、私、安室奈美恵の大ファンです!実は、アムラー世代です(*^^*)

年に1度の全国ツアー!!
広島公演へ行けることが、安室ちゃんを見てライブではしゃぐことが、自分へのご褒美♪

実は、昨年9月にも広島公演に行きました!
そして、追加公演があって、応募した結果・・・見事当選しました!!
この4月にまた、安室ちゃんに会いに行ってきます(*^^*)

今年の9月には、デビュー25周年で、沖縄公演が開催決定しております。
もちろん、応募しております。
当たるといいなぁ~、当選結果を心待ちにしている今日この頃。

当たったら、お休みいただきます(笑)

看護主任 藤原(腎センター)

2017年4月10日月曜日

第172回 「鞍上人なく、鞍下馬なし」

あれやこれやで遂に六巡目ですね。
振り返ってみれば、平成24年の春に、僕がトップバッターを務めて始まったこの企画も六年目に入りました。

今回は、「くるま」のお話し。

ウチは、父親が車好きだったこともあって、小さいときから、家の中に車雑誌が散乱していました。といっても今のようにたくさんの雑誌が出ていたわけではなく(なにせ1950—60年代!)、 motor fanなどの老舗雑誌が数誌出版されていただけの状態でしたが、カラーグラビアで見るヨーロッパの美しい車達に魅了されて、小学生になる前からそれらのスポーツカー達の写真はぼろぼろになるまで見ていた記憶があります。大学生になって(ようやく公式に)車の免許を取って、最初の車が、父の払い下げ車である、日産のブルーバード510SSSという「名車」でした。世界のラリーで活躍した車のベースで、日本中いろいろなところを走り回り、10万Kmのトリップメーターが“0”になったことを覚えています。

といっても、こんな昔話をするのが今日の主題ではなく、車のトランスミッションのお話し。

今の日本は世界で最もオートマチック車(以下AT車)が普及している国で、2010年の統計によると、なんと普通車の98.3%がAT車です!1985年にはまだ、50%以下の比率でしたが、急速にAT車の比率がアップしたようです。まあ、これには日本の交通事情も大きく影響しており、万年渋滞の大都会のドライバーにとっては、ATは必需品でしょう。一方ヨーロッパの各国を見ると、まだまだマニュアルシフト車(以下MT車)が幅をきかせており、AT車の比率は、(2010年)ドイツ23%、イギリス20%、イタリア14%、フランスに至っては、たったの9%と言う状況です。アメリカはどうかというと予想通り90%と高いですが、それでも日本には及ばないのですね!

僕は免許を取って以来、一貫してMT車に乗っています。だからと言うわけではないですが、ここからMT車礼賛の辞を。MTの動作というのは、左足でクラッチを切り、アクセルをゆるめ(シフトダウンの時はアクセルを少しふかし)手でシフトの操作をして、アクセルを右足で踏みつつ、左足のクラッチをつなぐ、という、実に複雑な動作を要します。すこんとレバーをドライブモードに入れたら、あとは右足のアクセル(とブレーキ)操作のみ、というATと比べると格段に複雑なことを、ギヤを入れ替える時に毎回するわけです。しかもスタート時は微妙な半クラッチ操作で右足と左足のコンビネーションを要求されます。「めんどうなばっかり」というなかれ。この複雑な手足のco-ordinationが、実に脳を刺激して良いのです。ぼけ防止にもきっと良いはず(全く根拠はなし)。しかもこのような複雑なことをしていると、「脳が覚醒している」状態が保たれます。最近の車は「リラックスして運転できる」ことばかり追求していますが、車の運転時はリラックスなんかしてはいけません!大きな鉄の塊を高速で動かすのですから、常に他人も自分も命を失う可能性があることを意識してないとだめです。というわけで、運転時は脳が「起きている」状態を保ちましょう!そのためにも是非、MT車を運転してください。AT限定免許の人は、練習して限定解除しましょう(笑)!

なんて、いろいろ屁理屈をこねましたが、実はMT車の「機械を自在に操る」感覚が最も快いからボクはマニュアルシフトを捨てられないのだと思います。シフト時の微妙な回転数の変化をぴたりとコントロール出来たときの喜びを感じつつ、今日も愛車「通勤1号」を駆って走ります。

「鞍上人なく、鞍下馬なし」の境地(馬は飼えないのでくるまで代用)を味わいつつ、あなたも走ってみませんか?

病院長 武田(内科)

2017年3月10日金曜日

第171回 「私の医師人生」

医師になってから約40年になった。

最初の11年は、長野県の諏訪中央病院を除き、東京の都立墨東病院、東京大学医学部附属病院、日赤医療センター、都立豊島病院という大きな病院勤務であった。いずれも、その後の勤務とは異なり、研修であった。半年の都立墨東病院勤務のあと、東京大学医学部附属病院に回った。

最初のOben(指導医)は、寺岡理事長先生と同期の永宗先生であった。
ある時、夜中まで続いた手術が終わると、意識のない患者さんが入院していた。家族ももう帰られたあと、当然明朝のカンファランスにプレゼンしなければならない。次の日の夜中に、その患者さんの呼吸が止まりそうになった。水頭症があることだけはわかっていたが、手術場に運んでいる暇はなく、その場でピンク針を用い頭蓋骨に穴を開け、ベニューラ針を脳室に挿入し、ことなきを得た。
永宗先生には事後に報告をした。こんなことが、うちのグループに続き、永宗先生も疲れていたようであった。永宗先生との午後回診の時、

「電解質は?」

と聞かれ、

「まだ見ていません。」

と答えると、

「ここは市中病院とは違うんだよ!!」

と怒られ、しばらくは口もきいてくれず、手術も見ているだけであった。
当然最低の評価と思っていたが、2年くらいしてであろうか、他の先生から

「永宗先生が、渡辺は優秀だったよ。」

と言われていたと聞いて、多少安堵した。

東京大学医学部附属病院で3年間研究をしてから、当時の高倉公朋教授の推薦で、鳥取大学に転勤した。
講師という話であったが、助教授の先生が東京へ帰られ、助教授にしていただいた。
私の下には、専門医はいない状態で、ほとんどすべての手術に入っていた。
夜は、当時はまだ使用できた犬を用いたくも膜下出血後の脳血管攣縮の成因に関する研究をしていた。犬の実験では、毎年講義した学生さん等が手伝ってくれ、その学生さんたちは、脳神経外科の教室に入局してくれた。もちろん、学生さんの講義、クリクラ(クリニカル・クラークシップの略:参加型臨床実習)の学生さんの指導もしなければならなかった。当然、医師の指導、臨床の方が主たる仕事であったが。そのころの学生さんたちは、夜中まで教室でレポートを書き、その内容も良くできていた。1999年に教授になってからも、その傾向は続いた。
しかし、ゆとり世代の学生さんが入ってきて、さらに新たな研修医制度が導入されると、その流れは一変した。5時になると手術中でも帰ってしまう、レポートを書かせても小学生程度、試験でも以前は60点を取れない学生さんは50%くらいであったが、同じ程度の試験でありながら、60点以上を とる学生さんは0%。あらゆる面で先が思いやられる状況である。その学生さんたちが医師になっても、「腫瘍の位置を間違わないように開頭しなさい。」と言っても、腫瘍は開頭範囲になく、5cm以上はなれたところにあったり、私の言うことが守れない医師がいたり、あまりにもおろかで幼い医師が育ってしまった。このような医師に言うべき言葉はなく、矯正のしようがない。あと10年もたつと、このような医師が、医療の中心になり、日本の医療レベルはかならず低下する。

寺岡記念病院に赴任し、串原先生のようによく勉強し、よく働く医師が居て少し安心した。自分の生活を考えずに、患者さん、医療、病院に奉仕する。

「脳外科は、救急車を断らないことにします。」も彼が居なくてはできないことであった。このような医師は育ててあげようと思うし、問題があれば指摘するし、手術も指導してあげようと考えている。

医師の善意により保たれていた今までの日本の医療も転換期にきている。ただし、この転換期は医療だけの問題ではなく、日本社会全体の問題でもある。厚労省は自らが犯した医療行政改悪を顧みず、文科省とともに医師の数を増やす方向に舵をきり、結果としてできの悪い医師を増やしている。このことは、医師だけに限らず、看護師、リハスタッフ、技師、事務職員などすべての業種でも同じはずである。日本全体をみても、群馬大学のある術者の手術死亡が突出していても大学は野放し状態、東京女子医大のプロポフォール不正使用による多数の死亡例、信じられないことが起きていても、チェック機能が効かない体制となっている。

今後の医療ひいては日本の社会全体は、憂うる状態である。何らかのbreak throughが必要であろうし、期待したい。

せめて、この寺岡記念病院に身を置くものにとって、地域の人たちから信頼され、

「寺岡記念病院はいい病院だ。」

と、言われるよう努力しよう。 

脳神経疾患治療センター長 渡辺